『ファントム・スレッド』

ファントム・スレッド』Phantom Thread(ポール・トーマス・アンダーソン Paul Thomas Anderson)
ダニエル・デイ=ルイスが、職業を理由に会ったその日に女性の洋服を脱がせてしまうのは、『存在の耐えられない軽さ』を思い出させる。相手に不自由せずに女性と遊んできた男性が、田舎の素朴な女の子にくらっとして真剣になるのも同じか。

登場人物の着ている衣装はとても素敵だった。ダニエル・デイ=ルイスは彼自身の力もあってか、ぞくぞくする着こなし、同じものを他の人が着ても、あのようにはならないだろう、というとても贅沢なものを見られた。靴下の色も。

ただ、主人公のデザインしたドレスが、どれもあまり響いてこなかった。材質の良さは感じられる。ウェディングドレスも、人が着ればまた違ったのかもしれないけれど、全然感動が無かった。映画の中の、「すごい芸術家」の作品があまりすごく感じられない事って、時々あるのだけれど、こちらの感性や知識の問題かもしれないし、表現するのも難しいだろうなあ、とは思う。

ドレスに縫い込まれていたものが、おふだのような役割で、あれが見つかってしまって、主人公とその家の霊的な力が弱まって失われていく。母の霊の庇護も、主人公の才能も。最後に時代の変化も示されていたけれど。あの女の子の方は、あまり霊的なものの影響を受け無さそうな、呪いなどがかからなそうな、そんな強さがあるよね。毒を扱うし魔女のようなイメージを重ねていたりするかしら。

この映画の結末の後、があるとして、あたしには、女の子が主人公にあきてしまう未来しか想像できなくて、ダニエル・デイ=ルイスですら、なんて、ああ年は取りたくないものだな、などと勝手に嘆いていた。普段は、今の自分が外見も中身も一番ましだと思っているし、老いることにも特に何も考えることは無いのに。なのに、ハッピーエンドだよね、と言われると、ぎょっとして、そんなに無邪気で良いのか、と他人事ながら心配になったりするけれど、それよりも、あたしが大丈夫なのか、という気もする。

音楽はちょっと苦手。好きか嫌いかというと、あんまり好きじゃない映画だった。