『キッチン・コンフィデンシャル』

『キッチン・コンフィデンシャル』KITCHEN CONFIDENTIAL(アンソニー・ボーデイン 野中邦子・訳 新潮文庫)を読み終えた。ゴードン・ラムゼイの『Hell's Kitchen』か何かを見ながら、あたし、こんなふうに怒鳴られたら泣いて帰っちゃう、なんてどきどきしていたのに、これを読み始めたら、料理の世界はどこもそうなのか、と勝手に納得した。最後まで読むとそうでもないことも分かる。

初めて牡蠣を食べたときのことを

わが生涯において忘れがたい、最も甘美な瞬間が訪れた。その一瞬は、それ以後に体験した多くの「初体験」―初めてのセックス、初めてのマリファナ、高校への初登校の日、初めて自分の著作を世に出したことなど、もろもろ―にもまして、いまも鮮やかに甦る。

なんて書かれていて、無性に牡蠣が食べたくなり、読み終えた翌日には師匠ととんかつ屋に行って牡蠣フライの定食を食べた。あんまり牡蠣っぽい味がしなくてちょっと残念。牡蠣って子どもの頃は苦手で、牡蠣フライなら齧った部分のグロテスクな中を見ないようにしてなんとか食べられないこともなかった。初めて牡蠣を美味しいと思ったのは、何年か前に金沢にてある紳士に殻付きのまま焼いたものを屋外でいただいたとき。その後は、生の牡蠣にも挑戦した。こんな文章を読んだり、牡蠣にあたってひどい目に遭わされているのに、季節がやってくるのをそわそわと待っている知人を見ていると、あたし自身は特に好まないけれど、牡蠣を好きだったら人生は今よりも1.8倍くらい楽しく鮮やかになるのではないだろうか、なんて思ったりしてしまう。ついでにいうと、日本酒の味があまり得意でないのだけれど、これももし好きだったら人生は1.4倍くらい楽しくなるのではないかと思い、時々挑戦してみることもある。『センセイの鞄』ごっこができるでしょう? 

なるほどと思ったり、ぞっとしたり、笑ったり、楽しい本だった。第2作目や、早川から出ているという小説なども読んでみたい。
キッチン・コンフィデンシャル (新潮文庫)